上野「2020年版ものづくり白書」の中で極めて重要なキーワードとして取り上げられていたのが、「ダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)」です。これは一体どのようなものなのでしょうか。
住田今回のものづくり白書を編纂するに当たって最も重要視したのが、「不確実性が高まる世界において日本の製造業はどうあるべきか」という点でした。検討開始時、世界経済は米中貿易摩擦に代表される急激な情勢変化によって多大な影響を受けていました。さらに遡ると、米国大統領選挙や英国のEU離脱など、少し前までは想像すらできなかったような大きな変化の波にさらされています。しかもこうした変化は、決して一過性のものではありません。「不確実性指数」という指標で統計を取ってみると、2008年からずっと続いてきたトレンドであることが分かります。従って今後も引き続き、不確実性の高い状態が続いていくことが考えられます。
鳥谷昨今の新型コロナウイルスの感染拡大によって、さらに不確実性は増していますね。
住田おっしゃる通りです。こうした状況に対してモノづくり企業が対応していくために備えるべき能力として、ダイナミック・ケイパビリティを今回の白書では取り上げました。ダイナミック・ケイパビリティはカリフォルニア大学バークレー校のデビッド・J.・ティース教授が提唱している経営学の学説で、企業が環境変化に柔軟に対応していくためには「センシング(機会の感知)」「シージング(機会の捕捉)」「トランスフォーミング(事業の変革)」の3つの取り組みを通じて、変化に対応するために内外の資源・能力を再構築し続ける能力を身に付ける必要があるとされています。
このダイナミック・ケイパビリティと対になる考え方が「オーディナリー・ケイパビリティ」で、こちらは変化が少ない安定した世界を前提として、主に事業の効率化を通じて利益を最大化するという考え方です。最もコストを下げられる手法を世界中の拠点に横展開して、全体のコストの最小化を目指すようなやり方がこれに当たります。一方ダイナミック・ケイパビリティは、各拠点で個別に周囲の環境変化を素早く感知して、それに対応できるよう柔軟に変化していくようなやり方を重視します。不確実性が高い時代においては、当然のことながら後者の方が環境により適応できると考えられます(図1)。
上野ダイナミック・ケイパビリティのような考え方を実践するには、やはりITの力を借りて経営の柔軟性や俊敏性を向上させる必要がありますね。
住田はい。デジタル技術を使って環境変化の兆候をいち早く掴んだり、将来動向のシミュレーションを行うといった取り組みが不可欠になってきます。これを「製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)」と言い換えても差し支えないと思います。
上野「攻めのIT」と言い換えることもできますね。エンジニアリングITの歴史をあらためて振り返ってみると、1970年代に初めて「CAD」が世に出た当時は「ITはあくまでも業務効率化やコスト削減の道具」という位置付けで、いわば「守りのIT」の考え方が主流でした。それが2000年代に入って、3D技術を使った「デジタルモックアップ」技術が登場してきたあたりから、徐々に攻めのITへと移り変わってきました。さらに「モジュラーデザイン」や「デジタルツイン」といった技術が登場するにつれ、デジタル技術を活用して積極的に収益に貢献する設計開発の気運が高まってきました。さらに現在では、エンジニアリングITの長年のテーマであった「設計と生産の連携」もデジタル技術によって可能になってきています(図2)。
住田設計と生産をデジタル技術によってつなげる取り組みは、モノづくり企業のDXを進める上で極めて重要ですし、ダイナミック・ケイパビリティを高める上でも欠かせない考え方だと思います。